「偏差値」は、学力を表す1つの目安にすぎない。そうわかっていても、いまだに「わが子を偏差値の高い学校に入れたい」と思う親は多い。偏差値の高い進学校ならば、難関大学への進学実績もよく、その先の企業の就職においても有利になると考えているからだ。企業も「どこの大学であるかは関係ない」と言う一方で、実際は学歴を重視して採用するところがまだまだ多いので、この「偏差値」の呪縛から誰もが逃れられない。

けれど、「社会で活躍できる人材は、高い学力があればいいというわけじゃない」ことに多くの人が気づき始めている。コミュニケーション能力や創造力、問題解決能力、チャレンジ精神など、変化の激しい時代の中で社会から求められる人材像も変化しているからだ。かといって、学校側が偏差値や大学進学実績を追わない教育を実行するのには勇気がいる。

だが三田国際は、一言でいえば、この「社会から求められる人材を育てるための教育」に真正面から向き合い、ものすごいスピードで改革を進めている学校である。わずか5年で偏差値が急上昇したのも、多くの保護者から賛同を得たと言うこともできるが、あくまで結果にすぎないのだ。

世界の潮流「コンピテンシー」を重視する教育を体現

東京郊外の世田谷区・用賀に本拠を置く中高一貫校、三田国際学園中学校・高等学校は2015年に戸板中学校・女子高等学校を改称、男女共学としてスタートした。1期生を迎えて今年で6年目となるが、スピード感のある教育改革が評判となり、あっという間に人気校となった。改革を率いているのは、今や東京有数の進学校となった広尾学園で手腕を振るった同校の学園長である大橋清貫氏。大橋氏とともに改革を進めてきた教頭で広報部長の今井誠氏は次のように話す。

三田国際学園中学校・高等学校
教頭・広報部長 今井誠
(撮影:梅谷秀司)

「世界的にデジタル化、グローバル化が加速し、社会が大きく変貌する中で活躍できる人材をどう育成すればいいのか。そうした問題意識のもと取り組み始めたのがICTを活用した教育改革でした。それも従来の進学校のように、偏差値や進学実績だけを求めるのではなく、これからの時代に必要な能力を身に付ける学校にするにはどうすればいいのか考えました。そこで見いだされた解が『世界標準』の教育であり、変化し続ける世界で求められる12のコンピテンシーだったのです」

今、コンピテンシーを重視する教育は、世界の潮流となっている。どれだけ学んだかという知識を重視するのではなく、どんな力を獲得したか、何ができるのかを重視して行う教育だ。

三田国際では、そのコンピテンシーとして「共創」「問題解決能力」「リーダーシップ」「コミュニケーション」「社会参画」「革新性」「異文化理解」「創造性」「責任感」「探究心」「率先」「生産性」を掲げる。さらに、この12のコンピテンシーを実現する力として、「考える力」「英語」「サイエンスリテラシー」「コミュニケーション」「ICTリテラシー」という5つのスキルの獲得を挙げる。

「まずは『考える力』を身に付けさせ、その結果を『英語』で話せるようにすると同時に、異文化の中でも臆せず『コミュニケーション』できる力を磨いていく。また従来のように文系、理系と分けず、科学技術の基本である『サイエンスリテラシー』を育み、文理の広範囲な知識と技能を習得させる。そして、自律した学習者を育成するために、自分で解決する能力を『ICTリテラシー』によって高めていく。これらのスキルをあらゆる授業で総合的に習得していくことが大きな狙いとなっています」(今井氏)

5つのスキルを身に付けるための「相互通行型授業」

この5つのスキルを身に付けるために行っているのが「相互通行型授業」だ。同校では現在、考える力を伸ばす「相互通行型授業」をすべての教科にわたって実践している。これは「君はどう思う?」という“トリガークエスチョン”から生徒の知的好奇心を刺激し、自分の考えを構築して他者と議論しながらグループで結論を導き出す。その後、クラスでプレゼンテーションを行ってレポートを作成するという授業形式だ。

当初、教員たちは「子どもたちをわくわくさせたい。一方通行の授業と違って、相互通行型の授業ならば、子どもたちは楽しんで学ぶことができる」と話す大橋氏の言葉をイメージできなかった。だが実際にやってみると、子どもたちの目がきらきらと輝く姿を見て、相互通行型授業の価値を教員全員で共有できたという。

授業における教員の役割は、ただ正解を教え、知識を覚えさせるのではなく、論点を整理し議論を導きながら生徒自身で考えることを支援するファシリテーター役。それは同時に教員にも学び続けていくことを求めることになる。

そこで三田国際では、毎年春・夏・冬に教職員研修を実施し、教え方や成功事例などを更新、最新情報を全員で共有することに努めている。同校の学習進路指導部副部長と高3学年部長・国語科の教職員を務める城野大輔氏が説く。

三田国際学園中学校・高等学校
学習進路指導部副部長
高3学年部長・国語科 教職員
城野大輔
(撮影:梅谷秀司)

「教職員には、すべての教科で相互通行型授業をベースとして授業をデザインしてもらっています。生徒が試行錯誤の中で考える力を身に付けられるよう、教職員はファシリテーターを務め、論理的思考ができるように生徒をサポートする役割を担っているのです」

また、カリキュラムにおいても教科を超えて汎用的なスキルが身に付くような工夫をしているという。例えば、「浮世絵」をテーマに、歴史的な背景を社会で学び、美術では実際にそれを描いてみる。また英語では海外の学校とスカイプでつなぎ浮世絵をもとに日本を紹介する授業を教科横断で行うといった具合だ。城野氏が続ける。

「内容は基本的に学習指導要領に従っていますが、中学・高校の区別なく、教科横断的に学びの目的に合わせて柔軟に教科を組み替えて、学習できるようにしています。時には大学や社会に出てからの学びを中1の段階で学ぶこともあります。重要なことは、いかに身近な話題に落とし込んで、生徒の興味のトリガーを引き、学びの主体へと変えていくかです」

高校には、将来の進路希望別に「本科コース」のほか、海外大学を目指す「インターナショナルコース」や先端研究・医科系志望の「メディカルサイエンステクノロジーコース」がある。いずれも基本的な5つのスキルの習得が前提となっており、すべての学びの基盤になっているのがICTだ。

三田国際が校内にWi-Fiを完備し、すべての生徒にiPadを配布したのが2016年だ。現在、全国の公立校でGIGAスクール構想の下ICT導入が進められていることを考えれば、同校の動きは驚くほど速い。

毎年、学習進路指導部が中心となって、段階的にプログラミング、教科横断、探究学習、STEAM教育など、テーマの範囲を拡大しながら教職員研修を行ってきた。実際の授業をどうiPadに落とし込むのかなど、速さを重視して取り組んできたという。

「私たちがICT活用で大事にしていることは、6~7割の完成度でスタートさせ、残りの3~4割は翌年度にブラッシュアップするということです。最初から完璧を目指さない。そんな心構えでいます。ほかより一歩早く取り組んで、試行錯誤を繰り返して、ノウハウを確立するように努めています。おかげさまでコロナ禍でも混乱することなく、オンラインで授業を継続することができました」(城野氏)

一方、生徒にはICT活用のガイドブック『BUILD BOOK』を配布。タブレットの使用方法やアクセス制限など学校独自のルールやオンライン上でのマナーなどを提示し、トラブルを防ぐ対策を取っている。

さらにICT活用と規制ゼロを目的に活動を行う「BUILD委員会」を設置。学習方法の意見交換やICT使用に関するルール、モラルについて生徒自らが問題を提起し、改善策を実行しているという。こうした取り組みが、生徒たちのICTリテラシーを高める効果を果たしている。

こうして今年度、2015年から試みた新たな教育をトータルで学んだ生徒たちが卒業する。今井氏は、せんだって行われた推薦入試の結果に十分な手応えを感じていると話す。

「彼らは大きく成長し、自分で問題を解決するスキルを身に付けることができたと思っています。これからは問いのない世界に飛び込んでいくことになりますが、自分で問いを探して探究できる能力を発揮して活躍することを期待しています。引き続き、われわれはコンピテンシーを重視した教育で、社会に求められる人材を育てていきたいと考えています」

年が明ければ、1期生の進路はどんどん明らかになっていく。偏差値や進学実績を追わない教育の成果がいかなるものか。偏差値が上がったように、進学実績も上がるのか。期待を持って見届けたい。

(写真:注記のない写真は三田国際提供)